アースマラソンの公式ブログに、寛平さんの“ダチ”への追悼動画が限定公開されていました。
24時間限定公開ということですが、この記事は残るでしょうから、動画の内容を拙いながらも
文章で概要を残しておきます。
本来は138日目の動画として載せる内容だったことと、後で説明しますが、スタッフの方は
撮ってしまってから、寛平さんに知らされた内容がどういうことかを知ったと言う背景も
併記しておきます。
冒頭でスタート前にスタッフと寛平さんが、寛平さんのパーカーがてろてろになって
きたことで談笑。鼻水が垂れたりそでになすったりしているので汚れてきているという話。
坂本さんに「ちゃんとして下さい。洗濯何日してないんですか」と言われた寛平さんは、
「ちゃんと出来る…(考)くらいならぼさっとするか!」。坂本さん「あ、そっか。」
次のシーン。寛平さんが1人でカメラに向かってコメント。
「凹む時もあるんですよ。でも皆さんの応援メッセージを見て頑張ろう、ここで凹んだら
いかん! とそういう気にさせられます。頑張ります。今日はもうすぐ!
(アメリカでのラン)2000kmです!」
次のシーン。寛平さんがざっざと走っている。
縦長の緑の小さな看板の所で2000kmを迎えて寛平さんが歓声。
「やったぁーーーー! 2000kmーーーーー!」
次のシーン。雨が降ってきて、レンズが雨でぼやけるほどになっている。
寛平さんがコロラド州の出口の看板で「コロラドー! さよならー! カンザスーー! 来たぞー!」
「いやぁーついに! カンザスに来ました。スーパーマン、来たぞ! アメママンが!」
さらに「カンザスはスーパーマンの故郷なんですよ」と。
そして、ブログ用の州境越えの記念撮影をカンザス州の看板の前でしようとした時、
スタッフが手にしていた携帯が鳴り、スタッフのムギさんが応答する。どうやら「あとどれくらいで
終わるか」と聞かれていたらしく、「あと17マイルです」などと答える。ぶーやんさんが「誰!?」と
ムギさんに聞いて、「(寛平さんの奥様の)光代さんです」。ぶーやんさんが寛平さんに
携帯を手渡す。
しばらく寛平さんと奥様との電話での会話が続くも用件はしばらく話されなかった。
※「しばらくしたら掛ける」「話したいことがあるんやけど」「落ち着いて」という奥様の声が
漏れ聞こえている
ちなみに、寛平さんは「どうした?」の連発と強い口調での「良い!」「大丈夫!」という
返事だけだったため、具体的な会話内容は推測不能。
カットが切り替わり、奥様から訃報。「えっ!?」
電話を手にしつつも、よろよろとカンザス州の看板の支柱に行き、大声を上げて号泣。
文字通り、泣き崩れた。
最初は立って、男性が泣く時する、“だるまさんが転んだ”の時のような格好で泣いていた
のだが、泣き叫びながらそのままずるずるとその場にへたり込んだ。
かなり長いこと支柱の根元でワーワー(そう、絶叫する勢いでワーワーと)泣いていたが、それでも立ち上がり、電話を続けながらよろよろと歩き出した。
おそらく奥様が電話の向こうで叱咤激励していたらしく、「清志郎さんの分も頑張るわ」。
しかし、それ以外の話は涙声に加えて強風と車の轟音でかき消されてほとんど内容が
分からない。
やがて、寛平さんの電話が終わり、スタッフに一言「ごめん」と言って走り出した。
しかし、寛平さんの背中を遠くから撮影しているのに泣き声が聞こえるほど、後のコメント通り
大声で泣きながら走っていった。
ここで“走れどこまでも”の曲をバックにこの曲のレコーディング風景が流される。
時々涙を袖でぬぐいながら走る寛平さんの背中がうっすらと映される。
寛平さんが後に出したコメント・レコーディング風景・寛平さんのアメリカ横断の走行風景が
最後まで切り替わりながら続いていく。
最後に、黒バックにコメントの最後の1段落が表示され、寛平さんの走る足音だけがざっざと
している。
思う所はいろいろあるのでこの記事を書いています。
ぶーやんさんを責めるわけではないですけど、取りようによってはかなり残酷な編集ですね。
ましてやこの動画で「訃報が入った」ことをあらかじめ知っている立場で見ると。
…まぁ、取る方がひねくれた見方をするからかもしれませんが。
最初の2つのシーンも取りようによっては伏線ですから。
「…これからど凹みするようなことが起きるのになぁ…」だとか、「その服も鼻水だけでなくて
涙にも濡れるだろうになぁ…」だとか。
そして、こんな日に限って、アースマラソンのアニバーサリーな出来事が2つ起こったり
するわけです…。
2000km走破&カンザス州入り。
これは編集うんぬんではなくて単なるタイミングですが。
そんな浮かれている最中の訃報なわけで。
まさに天国からどん底。
わたし、13年寛平さんのことは見てきましたが、あんな姿は初めてです。
いや、陰ではそんなこともあったのかもしれませんが。
さすがに胸が痛みましたよ。スタッフが個人ブログでも全くこのことを触れない理由が
分かりました…。
でも、スタッフは寛平さんがどういうことで突然号泣したのか、寛平さんから全く説明されて
いなかったので、憶測でしか分からなかったわけです。
カメラを避ける余裕すらなかったようです。
ただ、わたしがあの場にいたスタッフだったとしても、かなり正解に近い推測は出せたと
思います。
・あの気働きが人一倍お出来になる奥様が、寛平さんが走られている時間だというのは
当然ご存じの上で電話を掛けてくるということ自体、非常事態と言うこと。
・寛平さんがあれほど大声をあげて泣くことは滅多にないこと。
この時点ですでに「誰か大切な人が亡くなったのかな」と推測可能。
そして、
・「清志郎さんの分も頑張るわ」
でどういう事態かは理解可能。
あれでプロ根性があると言う人もいますが…本筋の動画としては使える内容ではないでしょう。
その気になれば、むりやりつなげて、138日目の動画として見せることも出来るでしょうが。
やっぱりぶーやんさんも悩んだと思いますよ。
目の前で起きていることを撮り続けるべきかどうか。
そして、今回公開すべきかどうか。
これについての考察は…さすがに1記事としては長くなりそうなので分けます。
寛平さんとのつきあいの歴史を思うと、愛別離苦(愛している人間と別れる苦しみ)の無情さを
感じます…。
寛平さんが「もう1度ロックやりたい!」と言い出し、マネージャーさんにロックのCDを集め
させてそのお眼鏡にかない、そして(だめもとで)声を掛けたのがきっかけで
知り合ったのが10年前。
曲を2曲提供してもらい、レコーディングも共にし、「高い音が出せない」というのを
フォローしてもらったりということもしているうちに、プライベートでも友人として付き合うように。
最近では皆さんご存じの応援歌2曲の他にも、サハラマラソンやアースマラソンで応援の
ビデオレターももらっていました。
寛平さんとしては畏敬もあり、感謝もあり。
0か1かという視点で書けば、“知り合っていなければ悲しむこともなかった”のかもしれない。
しかし、それだけ与えてくれたものが大きかったということでもあるのでしょう…。
寛平さん。
鹿児島に到着する時にはきっと、メドレー吹いて出迎えますから。
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